100PV
ありがとうございます。
ずっと放っていたのに、プッシュ通知で気がつきました。
2016年の採卵、顕微授精(AHAあり)のちに、2017年11月に妊娠し、2017年6月に女児(第二子)を出産しました。
3100gあまりの健康な子です。院へのはがきも提出しました。
次回は、1歳すぎでしたでしょうか。
もともと、高度不妊治療で休みを取得することは上司に伝えてありました。
独身の50代女性の上司は、ほんとうに理解のある尊敬できる方です。
休暇も、心情も、受け止めてくれました。
2016年12月に、上司に人事体制の変更を相談され、動揺しながらも妊娠を報告。
ただし、補充の見込みがなく、結局部内の他課から人員補充となったことは、その方にとって大変申し訳ないことでした。
2017年5月、産前6週の法定のスケジュールどおりの産休を開始し、2018年4月に復職予定です。元号が直接関係する仕事ではありませんが、元号を表示しているシステムを扱っています。少なくともアタリを確認依頼する必要はあるでしょう。
第一子をタイミングで授かった者として、顕微授精まで進むことは考えてもみませんでした。とはいえ、統計的回数を無視できるほどの人間でもありませんでした。
当惑していたとはいえ、二度の採卵で三個の受精卵ができ、二度目の移植で妊娠に至ることができました。統計的には、「早く妊娠する人はこれくらい」のうちにギリギリ入る程度かと思います。
2016年6月に、右耳に二つ目のピアスをあけました。
治療もつらく、仕事もつらく、心情の変化もあり、「子一人なら一人の、二人なら二人の生活を愛せるよう」願ってあけました。
ただ、二つ目のホールはずっと不調で・・・安定するように純金のピアスをつけていましたが、出産で入院する間ははずさざるを得ず、その間にふさがってしまいました。
もうあけないと思います。
出産から瞬く間に五ヶ月という時間が経ち、33歳になりました。
次女の笑顔の愛らしさ、吐息の酸っぱくささ、全力の泣き声の騒々しさ、むちむちとした肉付きのハリとずっしりとした重み、どれも大切でわたしの大切な宝物です。
五歳半の長女は、今頃になって赤ちゃん返りが強くなってきました。
次女と同じ手遊びをしてほしい、赤ちゃんのように扱ってほしい・・・赤子が空腹を満たせば眠るように、欲望を満たしていくうちにいつか薄れていってほしいと願っています。
いずれ書きたいと思っていること;